2018/11/20

人生は一冊の書物に似ている。 馬鹿はそれをぺらぺらめくっていくが、賢い人間は念入りに読む。 その書物を読むことはただ一度しか出来ないと知っているから。 (ジン・パウル)

という言葉がつぶやきという川に流れてきてふと手を止めた。

「流行のベストセラーではなく、書棚の片隅に置かれて、忘れたころに手をのばされ、しかし、その時々に読まれるたびに顔や味わいが変わるような人になりたい」みたいなことを言っていた青臭かった時分の私を思い出した。

変わらなかったのだろうか、変えたかったものは変わっただろうか、変えてはいけないもの、変えなきゃいけなかったもの、いろいろとない交ぜになって、今の私があるんだろう、とそんなことを思いつつ、某所に書いたものをそのまま転載してみる。

 

 

私には、人生の師匠が数名いる。
そのうちの一人、大師匠とは最近お会いする機会が減っていた。

また人生の曲がり角を迎えるかもしれないという今、久しぶりにお会いしたいなぁと、少しだけズルをした。

あるお店に、いらしてる時間帯を聞き、狙ってお邪魔した日のことだ。

師匠「(私の姿をみるや)なんだよ、びっくりしたな、幽霊かと思ったよ」

「いやぁねぇ、幽霊なんて。すいませんねぇ、お露さんだったらいいんですけどね、さしづめ露払いかしらね」

師匠「相変わらずだねぇ、お前さんは」

「隣りよろしいです?」

師匠「おぅ」

そんなこと言いながら、師匠持ち込みの日本酒を頂戴しつつ、店の片隅で下卑た話題で盛り上がる酔客横目にのんびり一献。

知り合ったのは20年近く前になる。私が20代後半、師匠は50代後半、還暦まもなくといったぐらいではなかったか。

私がひとりフラフラと銀座に呑みに行くと、必ずといっていいほど師匠はそこにいらした。

とにかくいろんな話をした。だが、今となっては大方覚えていない。

その当時から、はねっかえりな私は、酒席でも意地をはって愚痴りはしなかったと思う。ただ、その迷いは事あるごとに顔に出ていたのかもしれない。

そのたびに師匠は「人間なんてもんは、立って半畳、寝て一畳あればいいんだ」と諭してくれた。

おかげで、大きく転んでも、時に手痛く男にフラれても「こんなもん、人生の余興ですよ。別に命とられたわけじゃなし」と奥歯噛みしめつつ笑う人生になった。

そんな私を折に触れ見てきたその方は、その日も昔と変わらず、世相をきり、政治を嘆き、そしてお決まりのメイカーズマークの水割りに戻った。

師匠「落語、相変わらずきいてんのか?」

「おかげさまで落語友達ができて、昔より連れ出してもらってますよ」

師匠「最近、誰がいいんだ」

「ん~小痴楽さんかなぁ」

師匠「はぁ? お前さんは相変わらずイケメン好きだねぇ」

「ちがいますよ!(笑)」

師匠「どこがいいんだよ」

「え? 『どぅでぇ、オレうめぇだろ?』って顔して話すじゃないですか(いやぁ?)って想いながら、これだけ愚直に落語に向き合っていれば、いつか相当面白くなるんだろうなぁ、って、まぁ、あれですよ、青田買いですよ」

師匠「は~、余裕あるねぇ、さすがだよ、おれなんかイライラしちゃうよ、へたくそ! って」

そこから先は、喬太郎師匠が一瞬見せる狂気がすごい、とか一之輔師匠は頭はいいけどひねくれもん……でもそこが憎めないんですよ、などと落語の話しに終始し、心の隅に淀んだ私の人生の岐路の話しなんてどうでもいいように思われ始めたその時だった。

師匠「樹木希林てさぁ、いいよなぁ、あの人の生き方。覚悟がある」

「そうですねぇ」

師匠「あぁ生きたいもんだねぇ」

「カッコイイですよねぇ」

師匠「まぁ、でも、あれだな、お前さんの佇まいも覚悟があるよ」

不意のその言葉に思わず涙がでそうになった。

人は、心が疲れると、自分が言ってほしい言葉を言ってくれそうな人ばかり探しがちになる。私もご多聞に洩れずその口だと思うが、下手な共感や慰めより、奮起させてくれる言葉を求めている自分に少しだけ安心したのかもしれない。

覚悟なんてないですよ、このまま独り野垂れ死ぬのかな、と思うことだってありますよ、結局、いつも遠回りです、先を歩く人の背中をまぶしく眺める人生ですよ、と泣きごと言いそうになるのをグッとウイスキーソーダごと呑み込む。

この歳になって思う。自分はこういう人間だ、なんて、尚更思いこまない方がいい。自分の思い込みほど、自分の足かせになる。

覚悟なんてない、と思っていたって、端から見てそう見えるなら、そうなんだろう。

それ以上でもそれ以下でもない。それでいいんだと思う。それに傷つけられることもあるけれど、それに支えられもするんだと思う。

師匠「お前さんも希林さんみたいになりそうだな」

「えぇえ? 大変だ! どこにいるんだぃ、私の内田裕也」

師匠「わっはっは。そりゃいいなぁ。どうだ? 久しぶりに(歌うたいに)行くか」

相変わらず店の隅から、この前口説いた女がどれだけブスだったか、という話を大声でする酔客の声が響いてくる。

師匠「粋に鯔背に生きたいもんですねぇ」

と誰に言うでもなく、ひとりごちて店を出る師匠の背中を眺めながら、何を歌おうかと思案しつつ、夜の銀座を歩いた。

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