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宮藤さんは、どんなふうに戦争を描くのか。
人々が世界情勢に巻き込まれていく……巻き込まれているとも知らずに染まっていくその様を振り切ることなく淡々と描いていることにジリジリと胃が焼ける思いがしました。

戦争は怖い。反対です。しかし一番怖いのは、反対でも賛成でもなく「熱狂的に語る人たち」です。

そういう人たちは、時に行き詰まると、自分の正当性を担保する情報しか目に入らなくなり、安易に逆側へ転じる危険性も孕むからです。

それでも、怒れ、怒りが足らないという人もいますが、私はそこを恐れる。
戦争賛成が反対になるならまだいい。ただ、反対が賛成に、もっとひどいのは諦めと思考停止に陥ることです。

過去、こんなことを言う若者に会いました。

「歴史は繰り返すんだから戦争はまた起きますよ」

聞いたことある台詞じゃないですか? 戦争を体験してない世代がですよ。疑うこともしない素直なトーンで言うわけですよ。

私はゾッとしました。
きっとやすやすとその台詞を口にする大人が周りにいたことは想像できます。そうやって育った子は、自分の正当性を担保する主張を情報を好んで選びます。

その彼も、当時は歴史書ばかり読み漁っていました。まぁ、それも聞けば国家主義的史観の強い人ばかり。(たぶんそれを彼は知らなかったんだと思う)
なんて返事するか迷ったあげく私は言いました。

「歴史は繰り返す、それは事実かもしれない。ただ、いち人間、いち歴史家の評価軸の一つでしかないんじゃないかな。一側面というべきか。たとえ客観的事実として評価すべき事象であっても、繰り返してはいけない歴史を、それも人の主義主張を検証もなく仕方ないと受け入れる気は私にはさらさらない。繰り返してはいけない、と願う、行動することをはなからやめたら、人間として存在する意義はない、て、私は思うな」

彼は黙って聞いていましたが、どう思ったかはわかりません。
でも今でも私はそう願うし行動できる場所があるなら自分のやり方で続けていきたい。

昨日のいだてんでは、あの当時、朝鮮から日本に来て、日本チームとしてベルリンオリンピックのマラソンで金メダル、銅メダルをとった、孫選手、南選手を取り上げてました。

しかし、あがったのは日の丸、流れたのは君が代。うなだれる孫選手、南選手。
目を背けたくなる歴史の事実をしっかりその絵に刻んだその後、はりまやシューズのおやじにこの台詞をいわせます。

「俺はうれしいよ。日本人だろうが朝鮮人だろうが、アメリカ人だろうがドイツ人だろうが、俺の作った足袋履いて走った選手はちゃんと応援するし、勝ったらうれしい」

そんな時代でも、この台詞を口にする人が居た、居たと願いたい、そんな想い願い、祈りに感じた一瞬でした。

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